「鉄砲を始めたら離婚する」妻の言葉を無視して買った散弾銃

 渓流釣りと、漁船に同乗するという楽しみに加え、10年前からは鉄砲を持って山や川を歩くという楽しみが加わった。この狩猟を始めるときは、今までにない妻の激しい抵抗にあった。
「私は基本的には釣りだっていやなのに、今度は鉄砲で生き物を撃つだって?
冗談じゃないわよ」
と妻はわめきちらした。
 実は、渓流釣りに狂い出した頃から、狩猟には憧れていたが、かなり金がかかると思ってあきらめていた。しかし、思ったよりは金がかからないことを知って、心の中の道楽虫がうずき出した。そしてそれを口にしたところ、先の妻の言葉が返ってきたのだ。

 秋田県の場合、渓流釣りの期間は3月21日から9月21日まで。その後はキノコ採りでそこそこ山を歩くが、冬の間は何もすることがない。
 僕は東京から帰って以来、スキー場に行きたいと思ったことは一度もない。リフトで上がり、音楽がガンガン流れる整備されたゲレンデを滑り降りて、何が楽しいものか!
 スキー場に行くくらいなら、実家の屋根の雪下ろしをしていた方がまだましだと思っている。

 釣り同様、自分で捕ってきた獲物を自分で料理して食べたら、どんなにおいしかろう。
「冬場の体力トレーニングになるし、スキーに凝るより安上がりだと思うよ」
と下手な理屈をつけて説得を試みた。そして、
「鉄砲を始めたら、離婚するからね」
と、言い張る妻の言葉を無視して、まずは鉄砲の免許を取った。
「うちには鉄砲なんか買うお金はありませんからね」
との言葉も無視して、あちこちから金をかき集めて、中古の水平二連銃を買った。
45.000円也。1000万円以上の鉄砲もあるが、安くても弾の飛ぶ距離は同じ。ロールスロイスとカローラの違いだ。
 最初の年は猟犬を買う余裕もなかったので、猟犬を持っている友達と一緒に歩いた。
「うちには猟犬を買うお金なんかありませんからね」
と、妻は言ったが、翌年、友達がドイツポインターをタダでくれた。

 猟犬を連れ、誰もいない雪の野山をカンジキをつけて歩く楽しさは、渓流釣りの比ではなかった。ときどき、ベテランと一緒に歩いて獲物の習性やポイントなどを教えてもらった。
 捕った獲物は魚同様、自分でさばいて料理した。最初は
「かわいそー」と言っていた子どもたちも、カモやキジ、ヤマドリのおいしさが分かるにつれ、
「このカモ、脂がのってるね」
と、一人前のことを言うようになってきた。妻も
「カモは鍋で食べるより、塩、コショウで焼いて食べるのが一番ね」
と言うまでになった。

 獲物が捕れるにこしたこたはないが、渓流釣り同様、緊張感を持ちながら猟犬と山や川を歩くだけでも充分楽しい。カモの猟場のひとつは、自宅から車で10分ほどの所にある。仕事のあるときでも、猟犬の散歩がてら1日30分は川岸を歩く。運よくカモがいて、弾が当たればもうけもの。その日の夕食はカモ料理となる。
 鉄砲が縁でマタギの古老とも知り合うことができ、かつてのマタギの話も聞くことができた。

 現在、読売新聞秋田県版に、妻のイラストと僕の文章による「捕る採る取る」を週に一回連載している。これは秋田の海や山や川で自然と深くかかわり、共存しながら暮らしている人たちを取材したもの。これはそれこそ僕の道楽の延長そのものだ。
 底引き漁船による寒ダラ漁、素潜りによる岩ガキ漁、ゼンマイ採りのプロの仕事ぶり、おばあちゃんの岩ノリ採り、野鳥の写真を撮る人などなど。ネタはまだまだいっぱいある。取材の帰りにはお土産を持ち帰ることもあるので、
「お父さん、そろそろ寒ダラだよね」
「今年まだアユたべてないよね」
「今年イカ釣りに行くのはいつ?」
などと聞いてくる始末。子どもたちも、秋田の旬の味が分かりつつあるようだ。
 このように、自分の好きな仕事だけで飯が食えればそれにこしたことはないが、現在のところそれは到底無理。
 やはり、やれコンセプトだ、プレゼンだ、「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」の仕事も欠かせない。何せ、三人の子どもの親なのだから・・・。

 ところで、僕の家には冷凍冷蔵庫がふたつある。中には知り合いの漁師さんが送ってくれた魚や、取材先からのお土産、自分で釣った魚に、鉄砲で捕った獲物、知り合いの加工業者がつくった試食品などが詰まっている。だから、スーパーなどで鮮度の落ちた動物性タンパク質を買う必要はまったくない。

 何だかんだ言っても、やっぱり田舎ライターはやめられない。

この文章はポカラ出版発行「ポカラ」1999年1・2月号に掲載された記事を一部訂正したものです。


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