水に濡れても破れない ユポ製名刺は漁師さんに大人気
最初の乗船をきっかけにして、次の年からも稲荷丸が秋田港に入港する度に一緒に沖に出て、さまざまな漁の話や、地元・三陸海岸の漁の話を聞かせてもらうようになった。
しかし四年目。
「今年は日本海での漁は中止し、地元(太平洋側)で商売する」
との電話が入った。原因は太平洋側のイカ資源が回復したことに加え、イカの安値、乗組員の高齢化ということだった。
イカ釣り漁船に同乗して沖に出ることの楽しさを知った頃、次女が誕生した。いつものことだが、頭の中はそのとき夢中になっていることでいっぱい。
海の恵み、日本海の恵み、太平洋の恵み・・・。字づらを考えて、「洋恵(ひろえ)」と命名した。もし僕が船を持ったら、当然「洋恵丸(ようけいまる)」と名づけるだろう。
長女、悠水。長男、渓介。次女、洋恵。川の上流と、下流。そして海。これで水に関する三部作が完成した。
稲荷丸が秋田に入港しなくなってからも、旅の途中、秋田に寄港する他県のイカ釣り船には何回も乗せてもらった。
日常、やれコンセプトだ、プレゼンだ、差別化だ、原稿料が高いの、安いのとしゃべりまくっている身からすると、漁師さんたちとの会話は、実にストレートで楽しい。彼らの行動はすべて、1円でも多く水揚げすることを目的としている。
しかし、いったん仲良くなると、
「それ食え、それ飲め、それ持っていけ」となる。
「近所や友達にイカを配るから、3箱売ってくれ」と言っても
「小西さんから金は受け取れない」と、金を突き返してよこす。
そこそこの酒や食い物を船には持っていくが、それくらいではお返しにはならない。
あるとき、漁師さんに自分の名刺を渡すと、
「さすがライターさんじゃのう、ペラペラした変わった紙やね」
と珍しがられた。
僕は山や海で遊んでいる関係上、水に濡れてもかまわないユポ(石油製品)の名刺を持っていた。ユポの性質を説明すると、
「それはいいもんじゃねぇ」
と、漁師さんは感心した様子。
イカ釣り専門で全国を旅する漁師さんは、名刺を持ち歩いている。初めて入港する港では、漁協職員への挨拶に必要だろうし、水揚げの際は市場関係者への挨拶もある。加えて、夜の街に出たときにも必要だ。船舶電話や携帯電話の書かれた名刺は、大きな武器(?)にもなる。
僕はユポで名刺をつくり、寄港先に送ってあげることにした。知り合いのデザイナーにいかにも漁師らしいデザインに仕上げてもらい、知り合いの印刷屋に頼んだ。
ユポに印刷した名刺は僕のした仕事にしては、珍しく大ヒット。漁師さんには本当に喜んでもらった。水揚げ直後、濡れたままのゴム手袋でも持てるし、夜の街ではビールの入ったグラスに名刺を入れて、ホステスを驚かすこともできる。
「もしもし、小西さーん。○○丸です。あの名刺、俺の友達もほしいって言っちょるけん、つくってくれんかのー」
と、遙か北海道沖の漁場から船舶電話が入ったこともある。
「はいはい、了解しました」
と、僕も一人前の漁師風に答える。電話で必要事項を聞き、校正はファクスでやりとりする。全国を旅するイカ釣り漁船には、衛星を利用したファクスは必需品だ。
ユポの名刺は、県内外の漁師さん十人以上につくってあげた。
「イカ釣り漁船やから、イカのマークを入れてくれ」とか、
「裏に振込先の口座を印刷してくれ」という要望もあった。
漁師さんが僕からイカの代金を受け取らないように、僕も名刺の代金は受け取らない。これは、日頃お世話になっている漁師さんに対する僕の気持ちだ。