ドル箱のクライアントにからんでしまった

 田舎のフリーライターは何でも書かなければならない。地元紙の新聞広告のコピーから、中小企業の会社案内、パンフレットにリーフレット。市町村発行の要覧、選挙のリーフレット、居酒屋の開店チラシ、飲食店ガイド、PR誌やタウン誌の原稿、県内特産品のしおりなどなど。地元の広告デザイン会社から依頼される仕事はどんなものでも拒まずだ。

 原稿料は相手の言い値。「今回は予算が少ないから我慢して。次においしい仕事を回すから」と言われても、約束が守られることは少ない。それでも打ち合わせをして、ひたすら書いた。今でもそうだが、原稿は手書きだ。ワープロを買って、机の上に置いてはいるが、暇ができると練習もせずに遊びに行ってしまう。途中までワープロで打っても、イライラしてしまい、やっぱり手書きになってしまう。
 原稿用紙は、ちょっと厚めの紙の B4版。この原稿用紙に要覧の原稿を50枚以上も書くと、けっこうな重さになる。書き上げた原稿を依頼先に届けるときには「ドサッ」と音がするように置く。今回の仕事は「100グラム3万円、1キロで30万円ですぜ」というような無言のプレッシャーをかけているつもり。しかし、効果の方はさっぱりだった。

 でも市町村の要覧製作、特に小さな村の要覧作りは面白かった。村役場が予約してくれる宿に泊まって村内のお年寄りの話を聞いたり、村名の由来となった川の源流を2泊3日で探検したり。秘蔵のドブロクを飲ませてもらったこともあった。これで原稿料さえよければいうことはなしだが、世の中そんなに甘くない。半年もかけて取材して、25万円という仕事もあった。

 広告や選挙はそこそこのお金になったが、悩むことも多い。まんじゅうを例にすると、自分で食べてみて本当においしいと思えばもっと売れてほしいと思うのは当然。必死になって売れるようなコピーを書こうと努力するし、デザイナーと一緒にさまざまなアドバイスもしたくなる。
 その反対に自分が食べて「ちょっと待てよ?」と思ったり社長や担当者をどうしても好きになれない場合は苦しい。金に余裕はないし、デザイン会社に対する義理もある。
「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」いかにもそれっぽく書かなければ、クライアント様のOKはもらえない。
 仕事の少ない田舎で、ふたり目の子どもが生まれた直後に自分の趣味の都合でフリーライターになった身。ひたすら堪えて仕事をこなさなければならないのは当然のことだ。

 ただ一回だけ失敗があった。巨大な組織の、東京から出向してきたお偉いさんに酒の席でからんでしまったのだ。そのお偉いさんの人格に問題があったわけではない。しかし、地元採用の社員があまりにも東京から出向してきたお偉いさんに遠慮するものだから、ついつい言ってしまった。
「東大を出たからといって、別に大したことじゃないだろう」
 その後、ドル箱ともいえたそのクライアントから仕事はこなくなった。お偉いさんが怒ったのではなく、周囲の人間が気をきかせて「あの小西さんに仕事を頼むの?」とデザイン事務所に電話をかけてきたというのだ。

 渓流釣りの方は、思いどおり熱中できた。釣りの本を読みまくり、仕掛けも工夫した。知り合いから県内各河川の情報を仕入れ、平日に通いまくった。
 渇水期が続いてひと雨降ったあとなどは、もう入れ食い状態。釣るのがいやになるほどだった。多少場荒れしていても、雨降り直後の条件のよいときに入ること。そうすれば、腕のよし悪しに関係なく釣れることがわかった。
 最初は天気予報を見て条件がよくなりそうだと分かると、徹夜で仕事をしてでもそのまま直行。大釣りに満足した。

 しかし、そのうち釣果などどうでもいいように思え、昼過ぎにぶらりと出かけることも多くなった。家族の夕食の分を釣ればそれで充分。そこそこ釣って、帰りに山菜やキノコを採りながら歩く楽しさも知った。
 自分で捕った(採った)ものは、できるだけ自分で料理する主義。というわけで渓流釣りに出かけた日の夕食は、ほとんどが山の幸。淡泊でシンプルな料理だが、家族の評判はよかった。

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