初めて乗ったイカ釣り漁船 イカ刺し丼のおいしさがその後の人生を変えた

 第十八稲荷丸に初めて乗せてもらって最も感激したのは、立ちながら食べたイカ刺丼だった。普通、イカ釣り漁船が沖に出ると、操業前(夕方)に一回、夜中の12時頃にもう一回食事をとる。この夜中の食事がイカ刺丼だった。
 11時過ぎ、食事当番が仕事の合間にイカ刺丼をつくり始めた。
 まずは箱詰め前のイカの中から小ぶりなものを選び出す。超新鮮なイカを刺身にするには大きなイカは固すぎる。しかも大きなイカは値がいいので、自分たちで食べずに出荷する。
 揺れる甲板に置かれたまな板の上で、板前も顔負けの細いイカ刺がどんどんつくられ、大きな皿に盛られていく。次に大根おろしを丼に2杯分もつくる。作業台の上にご飯を盛った丼が人数分並べられた。
「さあ、小西さん。食べなんせ、食べなんせ」
 と船頭さんが勧めてくれた。
 漁師さんたちは、ホカホカの丼飯にイカ刺を厚くのせ、その上に大根おろしの山をつくる。そして醤油をまわすようにかける。
「イカは消化が悪いもんだから、消化のいい大根おろしと一緒に食べるんだ。ワサビがよかったらワサビもあるから」
 そう言って、料理当番がワサビも差し出してくれた。
 こうなればご飯より、ビールだ。頭を下げまくり、初めて乗せてもらった側としては遠慮すべきだったろうが、我慢ができなかった。

「すみません。ビール飲んでもいいですか」
 仕事中の漁師さんには悪いが、そう言ってしまった。
「あー、飲みなんせ、飲みなんせ。持ってきたビールで足りなかったら、まだまだあるから・・・。」
と、船頭さんが大きなアイスボックスを指さした。
「私らイカ刺は食べ飽きてるもんだから、ふだんは沖ではつくらんけど、
今日はお客さんが乗ってるもんだから久しぶりにつくってみた。」
と、料理当番のやさしいお言葉。
 コリコリ、パキパキするようなイカ刺と大根おろしのからさ。丼でイカ刺を食べながら、夜の船の上で飲んだビールの、何とおいしかったことよ!
 もちろん、調子に乗って飲み過ぎたりはしなかった。船上では手釣り、イカの回収、甲板の掃除など、僕に出きることは何でもやった。

 帰港後、一杯飲みながら、
「小西さんは海に強いなす。今まで何人もの人を乗せたことがあるけど、
ほとんど全員が船酔いしてなす。横になってゲーゲー吐いている人を見ていると、
かわいそうになってなす。漁を切り上げて陸に帰ってやろうかなと思うこともあるけど、こちらは商売で生活がかかっているからなす。
だからなるべく漁師以外は乗せないようにしてたんだ。
でも小西さんだったら大丈夫。乗りたくなったら、いつでどうぞ」
と船頭さんにやさしい言葉をいただいた。
 とりあえずイカ釣り漁船への初めての乗船で、漁師さんたちに迷惑をかけずに帰ってきたことは、その後の大きな自信につながった。
「オレは船には酔わない。これもひとつの才能だ!」

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