最近の冬は暖かく残存湖が凍ることも少なくなってきましたが、干拓前は1月ともなるとあの広い潟が全面厚い氷でおおわれ、「氷下漁」が盛んに行われていました。
今でこそ、冬の八郎潟の風物詩としての「氷下漁」をなつかしむ声もありますが、当の漁師さんたちは厳冬期の漁にどんな思い出を持っているのでしょう。 塩口地区の桜庭為治さんに聞いた話の中で、一番印象に残ったのは「にぎり飯」の大きさ。奥さんに実際に作ってもらいながら、あれこれ話をうかがいました。
網を引きながら食べる「にぎり飯」
網入れの場所がだんだん遠くなり、鹿渡の方まで行く時は大変だった。夜の1時ごろに出発して潟の上を歩き続けてな、漁場に着くのは夜明けごろだった。休む間もなく氷を割って網を入れては引き揚げる。1組は9人〜10人だったけど、1回の網入れには1時間半くらいかかったな。そんな作業を10回も繰り返すもんだから腹はへった。 我々の場合、飯を食うための休みなど無しよ。だから網を引きながら飯を食ったもんだ。腰に網を当てて後ろ向きになって網を引くんだども、その間に飯を食う。片手ににぎり飯、もう片方の手にハタハタの一匹寿しを焼いたやつを持ってな。中にはなんにも入ってね。おかずはハタハタだけよ。仕事をしながら3個は食べたども、それでも腹はへった。まあ、一升五合は食ったべな。 帰りは捕れた魚を六尺四方のカマス袋に詰め込んで、ソリを引いて帰ってきた。家に着けば夜中でな。目は雪目になるし、体はクタクタだったな。今だば、なんぼ銭コやるっていわれても、ゴメンしてもらう。(笑) |